Season 3-139 Noriko’s Philosophy Playground 7 人間の野心と言葉の限界 - バベルの塔 The Tower of Babel (ブリューゲルBruegel)
This episode is the first Noriko’s Philosophy Playground of 2026 and explores The Tower of Babel painted by Pieter Bruegel the Elder.
Noriko reflects on seeing the large version of The Tower of Babel in Vienna at the Kunsthistorisches Museum. Inspired by the painting, she discusses human ambition, limits, and the role of language.
The biblical story tells of people who once shared a single language and tried to build a tower reaching the heavens. Their excessive ambition led to confusion of language, loss of cooperation, and the collapse of the project.
Bruegel’s painting shows countless workers focused only on their own tasks, without seeing the whole structure. Parts of the tower are already collapsing, symbolising miscommunication and lack of coordination.
Noriko connects this to modern life and language learning, asking three philosophical questions:
How important is it to see the big picture?
How much ambition is healthy for humans?
What does it really mean for language to “connect” people?
She concludes that true communication is not just grammar or vocabulary, but the attitude of trying to understand others. Language learning, she suggests, is ultimately about understanding people and the world through words.
みなさん、こんにちは。日本語のポッドキャスト、Japanese with Norikoの、のりこです。今日は、2026年最初の、Noriko’s Philosophy Playground 、とっても難しい話をします。
はい、難しいけど、頑張って、私も話してみたいと思うんですね。今日は、ブリューゲルという画家が描いた、バベルの塔について、ちょっと哲学的に話してみたいと思います。人間の野心と言葉、言語について考えてみる、というテーマですね。
じゃあ、16世紀の画家、今のオランダとか、オーストリアのウィーンとか、あの辺で活躍していた画家、ブリューゲルが描いた有名な絵、バベルの塔というのがあります。たぶん、みなさんも一度はインターネットで見たことがあると思います。この絵は2つあって、1つはオーストリアのウィーンにある、日本語では美術師美術館にあります。
もう2つ目は、もうちょっと小さいバベルの塔で、オランダの中の美術館にあるそうです。で、私は去年の年末、クリスマスの時に、オーストリアのウィーンに行って、美術史美術館に行ってきました。
そして実際に、このブリューゲルの有名な絵、大きなバージョンのバベルの塔を見てきたんですね。本当に面白かったです。はい、教科書でしか見たことがなかった絵が、目の前に現れた時の感動ね。
で、この1枚の絵から、人間の野心、限界、そして言語、言葉について、哲学的に考えていきたいと思うんですね。じゃあまずは、バベルの塔の物語をお話したいと思います。で、これは私よく知らないので、メモを読ませてもらいますね。
これは聖書、キリスト教の聖書で、旧約聖書の創世記に出てくるお話だそうです。昔々、その物語の中で、人々はみんな、1つの言葉だけ、同じ言葉を話していました。で、コミュニケーションもうまく取れて、仲良く暮らしていて、そしてあるプロジェクトを作ります。
力を合わせて、天に届くほど、空高く、天に届くほど、高い塔を建てよう。そのプロジェクトが始まるんですね。でもそれは、そのプロジェクトは、人間が神のようになろうとする行為だと考えられたんです。
野心が強すぎると考えられたんですね。だってさ、天に届くほど、高い塔なんて、実際にその当時できますか?そこで、神は人々の言葉を混乱させたんです。
言葉を通じなくさせて、互いに理解できないようにして、そうなるとどうなったと思いますか?人々は言葉が通じない、協力できない、コミュニケーションが取れない、もうプロジェクトもめちゃくちゃになって、途中で終わってしまうという話です。これが元々のバベルの塔。
じゃあ次は、ブリューゲルという画家についてちょっとお話しします。この物語を描いたブリューゲルさんは、当時16世紀、少し変わった画家でした。どうして変わっていたのか。
当時、たくさんの画家は、王様や貴族や、戦争で勝った英雄の絵を描いていたんですね。お金をもらって、そういう絵を描いた。または宗教的な絵をたくさん描いていたんです。
でもブリューゲルは、普通の人々をたくさん描きました。私が行ったその美術館には、ブリューゲルさんの他の絵もたくさんあって、その絵の中には本当に普通の人々でした。農民、農作業をする人々、職人、何かを作る人、働く人々、そして人間の弱さとか愚かさとか、毎日の日常のシンプルな質素な生活とか、そういうものを静かに描いた画家だったそうです。
だからブリューゲルは、人間を理想化した、なんか人間がすごいものという感じで描いた画家じゃなかったんですね。むしろ人間とは何か、本質を見続けた画家だったかもしれない。そういう目で見ると、バベルの塔はもっと面白くなります。
皆さん、インターネットで探してみてね、バベルの塔、どんな絵か。この塔は、古代ローマのコロッセオのような形をちょっとして、そこから始まって上に上に行きます。でもさ、ローマ帝国って、かつてヨーロッパ中を支配した巨大な帝国だったけど、すでにもちろん滅びていますよね。
このバベルの塔も、いつか崩れるもの、今はこの土台は強く見えても、いつかは崩れるものみたいな感じの絵になっているんですね。そして塔の周り、小さいところをよく見たら、たくさんの労働者が描かれているんです。で、一生懸命自分の仕事をしてるんですね。
でも、誰一人として、塔全体を見渡している人いないんですよ。自分が自分の仕事だけ一生懸命している。そこにすでに、もうミスコミュニケーションが発生しているような気がしてならない。
私はこう観察しました。ここではこんな仕事をしている。こっちではこんな仕事をしている。でもコーディネーションがないんですね。本当にバラバラなんです。で、真ん中の方はもう崩れてきています。左の方は結構きれいにできている。でも真ん中の下の方はもう崩れている。で、右側の方はもうめちゃくちゃなんです。
はい、本当に面白いバベルの塔。じゃあ、ここから私が皆さんに哲学的な問いをしていきたいと思います。難しいけど一緒に考えましょう。
問い1番。全体を見ないまま、または難しい言葉、全体像を見ないまま、私たちは手元にある小さいことだけを一生懸命やっていないでしょうか?全体像を見ることはどれだけ大切なんでしょうか?例えば、日本語の勉強。大きなビジョン、大きな目標がない。その状態で今あることだけ、小さいことだけ一生懸命している。それはもしかしたらアプローチとしては間違っているかもしれませんよね。大きな全体像、全体を見ることの大切さ。
じゃあ、質問、問い2つ目。野心、人間の野心、どれだけ必要だと思いますか?野心、他の言葉で言ったら、成功しようとする強い気持ち。のし上がっていこうとする気持ち。夢を叶えようとする気持ち。野心、でも野心って言うとちょっと強すぎるイメージですね、言葉的には。野心はどれだけ私たちを幸せにしてくれるんでしょうか?
個人的には、人生には挑戦は必要だと私は思っています。だから私自身もいろんな挑戦をする、いろんな学びをしていきますけど、でも、人間には限界というものがあるし、自分の限界や自分の能力を忘れちゃった時、忘れてそれをしようとした時、その野心はもしかしたら傲慢、傲慢になるかもしれません。
これが一番大切な問いかな。
言葉、言葉です。バベルの塔で最も重要なのは、人々の言葉が通じなくなった、その結果として塔が壊れたということです。言葉が通じるとは、皆さんどういうことだと思いますか?
これが問いの3つ目です。言葉が通じる。
正しい文法を使って、たくさんの語彙力、豊富な語彙を使ったら、言葉が通じるんでしょうか?それとも、相手を理解しようとする態度、姿勢、それがあれば言葉が通じるっていうことだと思いますか?逆に言えば、同じ言葉を話していても、私たちは本当にお互いに理解し合っているんでしょうか?
バベルの塔では、神様が怒って、人々が同じ言葉が使えなくなって、混乱して、コミュニケーションがうまくできなくなって、協力し合えなくなった、その結果、塔が壊れます。
でも、実際私たちは、言葉が通じあえても、喧嘩がある、混乱がある、戦争が起きますね。同じ言語を話しているとしても、お互い何か誤解が生じて、あの人は苦手だ、嫌いだ、みたいなことが起きますね。言葉が通じるって、どういうことだと思いますか?
私は実際に、この絵を美術館で眺めるチャンスがあって、ずっと細かいところ、上から下まで、右から左まで眺めていました。幸い、あんまり混んでなくって、私たちが行った時間ね、かなり長い時間、そのバベルの塔を眺めることができました。人間が自分の野心を求めすぎて、限界を忘れたときに、こんなことが起きるのかなって思ったんです。
そして、もう一度、言葉の大切さを感じました。私は言語の先生だから、特にそれを感じました。言葉を通して理解し合おうとする、その気持ちって本当に大切だな。同じ言語であっても、または違う言語であっても、お互いを理解し合おうとする努力が、いつでも必要なんじゃないかな。
そう思って、この絵を私、眺めていたんです。今日は、新年早々、Philosophy Playground 、とっても難しかったと思うけど、私のウェブサイト、Japanese with Norikoには文字起こしのファイルもあります。
もし、聞いてわからなければ、読んでみてください。そして、英語のサマリーもつけておきたいと思うので、ぜひ、英語のサマリーも見ながら聞いてみてください。あとは、インターネットでぜひぜひ探して、このブリューゲルのバベルの塔、私が見たのは大きなバベルの塔、オーストリアのウィーンにあるバージョンです。インターネットで探して見てみてください。とっても、ディーテールが細かくて面白い絵です。
じゃあ、もう一つ最後に、エンディングの質問を付け加えます。皆さんは、日本語を勉強しているから、日本語を通して、誰とどんな世界を理解し合いたいですか?はい、じゃあ、またね。最後まで聞いてくれてありがとう。