Season 3-144 Noriko’s Philosophy Playground 8 ミイラとモラル:博物館で考える3つの哲学的な質問

みなさん、こんにちは。Japanese with Noriko 日本語のPodcastシーズン3。 今日は、Noriko’s Philosophy Playground の時間です。 はい、みなさん、哲学のクラブ、哲学の部屋へようこそ。 はい、今日もね、一緒に深いテーマで考えていきましょう。 


でもね、まず一つ、このコンセプトを説明しましょうね。 これもシリーズになっていて、去年からPhilosophy Playground やってきました。 これは、みなさんが日本語でちょっと深いテーマで考えてもらえるエピソードです。シリーズですね。 自由に考えてもらいたいので、正解を求めているものではありません。 考えること自体に意味があると思ってくれたら嬉しいです。 


今日の質問は、博物館のミイラとモラルというテーマなんだけど、 これはね、先日のエピソードでもお話したように、私は博物館に行って、哲学ディスカッションクラブに参加してきたんですね。 その博物館の一角、あるコーナーは、古代エジプトの展示で、そこにミイラがあります。 それを見て、ちょっと考えて、その後、次の3つの質問をディスカッションしたんです。 はい、私が実際にディスカッションしてきた内容です。 


1つ目、博物館で人間の遺体を展示することは道徳的に許されるのでしょうか。 2つ目、ミイラを見たとき、それはかつて生きていたその人と同じ人なのでしょうか。 3つ目、昔の文化や習慣、昔の価値観を今の道徳基準で判断してもいいのでしょうか。 これもとっても面白いと思います。 


1つ目、エジプトのミイラ、有名な博物館に展示されていますよね。 リバプールの博物館にもあります。 ミイラってもともとは人間ですよね。 人間の遺体、それを展示しているわけです。 私たち観光客とか見学しに行った人は、それを見て歴史を学びますね。 だから、ある人の考え方は、こういう博物館に展示されているもの、ミイラも含めて、 教育のためだ、教育目的だ、歴史をちゃんと学ぶために必要なんだっていう人いますね。 そういう考え方。 私は実はこの考え方に近いんですけど、確かに実物を見ることで歴史はよりリアルに感じられる。 教科書の写真よりも本物の方が強いインパクトがあるのは当然だよね。 でも別の人はこんな意見があるかもしれない。 それは人間でしょ、もともと。 その亡くなった人への、死んだ人への敬意、敬意、リスペクト、敬意が足りないんじゃない? それ、展示しててもいいんですか?という意見ね。 確かにそれもわかる。 もし、展示されているものが、自分の家族や祖先だったらどう思うのか? ガラスケースの中に入れられて、世界中の人に見られている。 それをどう感じるのか? ここで大切なポイントは、教育的な価値と人間のリスペクト・尊厳のバランスなんですよね。 歴史的事実だからといって、歴史的に価値があるからといって、何でも展示していいのかどうか。 それとも、亡くなった人にもプライバシーや尊重が必要なのか?というポイントで考えてみてください。 


2つ目の質問。ミイラはまだその人なのか? これはね、以前の私のPhilosophy Playground で話した、「テセウスの船」と同じ問いです。 ミイラを見た時に、体はある、そこに。形は変わってるけど体はある。 でも、心、ない。記憶も感情も意識もない。 ここで、そのミイラは同じ人と言えるのか? そういう哲学的な問題、問いです。ここにあるのは。 テセウスの船と同じコンセプト。 なので、同じ質問をここでもう一回皆さんにします。 


例えば、皆さんは5歳の時、子供だった5歳の時の自分と今の自分、同じ人と言えますか? 体は変わった。見た目変わった。考え方も変わったでしょう。経験もたくさん積んできた。 5歳の自分と今の自分同じ人ですか? だから、ミイラも同じ質問です。 体があるけど、その人としての記憶や意識はもうない。 だから、ある人の考えは、もうそれは人じゃないよ。歴史的なものだよ。 ある人の、もう一人の考えは、いやいや、それは昔、確かに人間だった。誰かだった。 だから、ものとして扱うべきではないよ。 はい、皆さんはどちらの考えに近いですか? 


じゃあ、3つ目。昔の文化価値観を今の道徳基準、モラルの基準で判断していいかどうか。 私、これがね、個人的には一番面白い質問だった。 古代エジプトでは、4,000年、5,000年前のことですよ。 ミイラを作ることは、宗教的にとっても大切な行為だったでしょう。 だって、死後の世界を信じていたからですよね。 で、もちろん、今、2026年の私たちの価値観、モラルから考えると、そんなことあってはいけないって思うじゃない。 しかも、遺体を今、展示するなんて、問題があると感じるでしょう。 でも、ここで皆さんに考えてもらいたいんです。 


昔の文化価値観、当時はそれが当たり前だった。 私たち人間は、いろんな意味でどんどん進化していって、 テクノロジーも発展して、生き方も変わって、考え方、モラルの基準はどんどん変わっていくんです。 だから、昔の4,000年、5,000年前の価値観、文化、宗教観、それを今の考え方で決めつけてもいいのかどうか、深いですね。 もちろん、昔だから仕方がないと言って、すべてを許してしまうという態度、考え方も問題だと思います。 そうだね。理解することは大切だと思う。 どうしてその考え方、宗教観、価値観、モラルがその当時、生まれたのか、その背景を知ることも大切だと思う。 


ということで、今日は3つのことを話していきました。 私は、4,000年、5,000年前のものだから、展示していても問題はないと考えていましたが、いろいろな意見の人を聞いて勉強になりました。 このディスカッショングループの最後に、モデレーターの方が聞いたんですね。 じゃあ、今みんなの意見を聞いたので、最後に手を挙げてください。 この博物館からミイラの展示を取り除いた方がいいと思うか、思わないか、手を挙げてくださいって言って、私はそのままがいいという方に手を挙げました。 取り除かない。でも半分の人は取り除くべきだ。 つまり、私が参加したグループは50-50で意見が分かれたんです。 はい、面白いテーマでした。 


答えは一つじゃないと思うし、みんないろんな意見があると思うので、お互いの意見を本当にリスペクトしてほしいと思います。 このように哲学って難しい理論だけじゃないんだね。日常の疑問から始まって深いディスカッションができます。 皆さん、今度、博物館に行った時にちょっと見方を変えてみてください。 例えば、私は何か展示された時に昔のことを想像したいと思いました。 これはどんな人が使ったんだろう、どういう思いで使ったのかな、またはこの人どんな人だったのかな、そういうふうに想像を広げることも博物館の楽しみだと思ったんですね。 そう思うと世界の見方、歴史の見方が少し変わるかもしれません。 


はい、今日はのりこのPhilosophy Playground ということでお話ししていきました。 皆さん、このようなテーマでディスカッションしてみたいですか。 私のコミュニティ、Japanese Togetherには毎週Podcast Conversation Clubがあって、このシーズン3のエピソードを聞いた後、メンバーと一緒に自由に意見交換をしています。 レッスンではなくて、楽しい雰囲気で、リラックスした雰囲気で、自分の意見を発表できる場を提供しているんですね。 興味がある方はJapanese Togetherに入ってみてください。 引き続きメンバーを募集中です。 じゃあ今日はここまで。またねー。



Japanese with Noriko

A fully qualified Japanese teacher and also the creator of the Japanese podcast, LEARN JAPANESE WITH NORIKO.

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