Season 3-151 Noriko’s Philosophy Playground 9 - How Do You Talk About Death in Japanese? A Deep Conversation - 日本語で「死」をどう語る?
みなさん、こんにちは。 日本語のポッドキャスト、Japanese with Norikoののりこです。 今日は、私のシーズン3の中のシリーズの一つ、 のりこのPhilosophy Playground。 一緒に、難しいテーマだけど、 日本語で考えていきたいと思います。 みなさんは、こういうテーマで話をしてみたいですか? 自分の意見を日本語で言ってみたいですか? 私のコミュニティ、Japanese Togetherでは、 毎月、ポッドキャストConversation Clubをやっています。 私のポッドキャストのエピソードを使って、 いろいろ話すセッションです。 コミュニティ、Japanese Together、ぜひ参加してみてください。
それでは、今日のテーマ、メモを見ながらお話ししていきたいんですけど、 死について考える。 とても重いテーマですね。 そして、このテーマについて聞きたくない、 考えたくないという人も、きっといると思います。 無理をしないで、そういう方は、ここまで。 ここで終了してください。
それでは、まず、桜について考えたいんです。 私、今、これを話しているのは、2026年の4月なんですね。 4月8日です。 春になれば、日本では、お花見を楽しむ人がたくさんいますし、 みなさんも、ぜひ春の日本、 そして、春の桜を日本で見たいという人、たくさんいるじゃない。 もう、見た人もいるかもしれないね。 この桜って、満開になって、そのあと散る。 なくなるのは、早いんですよね。 だから、桜が散っているときも、 はかないな、もう終わりだなという気持ちがするし、 その散って、もうすぐなくなるというときに、はかなさを感じますね。 そういう意味で、日本人は、この桜がすごく好き。 始まって、終わりが見える。 また、来年まで待つという気持ちがあります。
日本では、桜の花が咲いて、そのあと散るという言い方を使います。 梅はこぼれるって言うんだって。 あと、つばき。つばきは、ちょっと大きい花だから、つばきは落ちる。 そして、ぼたん。ぼたんという花は、これも知らなかった私。 くずれるという言い方をするそうです。 つまり、同じ終わりに向かう現象ですね。 花が咲いて、なくなるという同じ現象なのに、花によって言葉が違うんですね。 これは、なんか日本ぽいなと思ったんです。
じゃあ、私たち。私たち人間の命が終わるとき、 みなさんは、どんな言葉を使って、それを表現しますか。 きっと、みなさんのレベルだったら、教科書で、死ぬ、なくなるという言葉を勉強したと思います。 でも、それだけじゃないんだね、実際は。 たとえば、お星さまになる。かわいいね。お星さまになる。 これは、子供に説明するときによく使うのかな。絵本とかに出てきそうですね。 あとは、天国に行く。 天国に行く。より良い世界に旅立つとか。 こういった言い方をすれば、天国に行くは宗教に結びついているかもしれないんだけど、 その先に希望があるみたいなイメージで、ちょっとポジティブな印象ですよね。
一方で、これも仏教にもあるし、みなさんの国の宗教観にもあるかもしれない。 生きているときに悪いことをしちゃった。 すると、死んだときに地獄に行く。地獄に堕ちる、みたいな恐ろしい言い方もあるじゃない。 だから、同じ死でも、言葉によってその人の人生とか評価まで表すんですよね。 言葉の力をここで感じることができます。 あと、もっと中立的で優しい言い方だと、旅立つとか、永眠するみたいな言い方もあります。
実は、この今日のトピックは、Japanese Togetherのメンバーさんで、イタリア人のミケラさんのアイディアだったんですね。 ミケラさんが、仏教の浄土真宗の教えを聞いて、そこに面白い言葉があります。 その言葉をコミュニティでシェアしてくれて、私は今日このエピソードを作ってみようと思ったんですね。 ミケラさん、ありがとう。
じゃあ、そのミケラさんが教えてくれた言葉は、後で紹介するとして、死について考えていきましょう。 私のことをお話しします。 私が初めて死というものを意識したのは、小学生の時でした。 2つの異なる経験があります。 1つは、私のおじいちゃん、祖父が亡くなったこと。 その時のことを、詳しくは覚えてないけど、お葬式のこととか、何か家族で大きなことが起きた。 それが、おじいちゃんの死だったっていうのは、今でもよく覚えているんですね。 その時に、こども・・・小学生だったんですけど、漠然と、もうおじいちゃんには会えないんだということが分かったんです。
あと、小学生の時に、もう1つ悲しい経験をしています。 これは、私の同級生、近所の同級生が、事故死をしているんですね。 その男の子は、近所の川に落ちて、おぼれて亡くなりました。 その男の子とは、私、仲がよかったんです。 友達でした。 今でも覚えているのは、その子は、とっても運動ができて、めっちゃ足が速い子だったんです。 よく一緒に通学をしていて、その川は通学道の途中にあります。 その死を聞いて、その時のことは覚えてないけど、その男の子のお葬式に、クラスメイトや先生と一緒に行ったことは、今でも覚えているんです。 これは、小学生の時のことですね。
大人になってからも、もちろん、死について考えるきっかけ、機会はありました。 1つ、これはとっても悲しいことだけど、同僚の人、私と同世代の同僚の女性が、自ら死を選んだということもありました。 これも、私、大人になってからのことですごくショックだったのを覚えています。 その時のニュースで、えーっていう驚き、その方と同僚だけで友達だったわけじゃないんだけど、すごく考えさせられたことでした。
こうやって振り返ってみたら、死って遠いものじゃなくて、人生の中で何度も形を変えて、私の前に現れています。
少し話が変わって、今度は夫の話ですけど、夫は定期的にリバプールで行われる哲学クラブに参加していますね。 去年のある日のトピックは、死について考えるというトピックでした。 この哲学クラブは、パブであるので、みんなビールを飲みながら、楽しくディスカッションするという会なんだけど、 そこで参加している人たちに、死について怖いかどうかと聞かれた。 で、たくさんの人は、怖い、考えたくないと答えたそうです。 とっても自然な反応ですね。 そして、まだ全然考えたこともないと答えた人も若者も多かったそうです。
ただ、一部の人は、死ということはいつか必ず来る。 家族でも自分でもペットでも必ず来る。 だから、現実問題として考えているという意見もあったそうです。 あと、もう一人の若い人は、若い時に事故にあって、本当に死にそうになった。 死に関わる事故だったそうです。 で、それをきっかけに本当に死を覚悟したから、自分の生き方考え方が変わったと発表してくれた人もいるそうなんです。
で、夫からその話を聞いた時に、 ああ、死ってまだまだ先にあるものと考えてもいいんだけど、 まあ、いつか必ずあるものだから、そして怖いものじゃない。 今を一生懸命生きなきゃいけないんだね、みたいな話をしたんですね。
で、ここでイタリア人のミケラさんが教えてくれた言葉を紹介していきたいと思います。 彼女は東京に住んでいて、東京のあるお寺でこの言葉を知ったそうなんですけど、 仏教に関する言葉です。 で、ちょっと宗教感なので、興味がない人もいるかもしれないけど、聞いてください。
これはですね、浄土真宗の教え、往き生まれる、往き生まれる、この辺に漢字を書いておきますね。 と書いて、往生、往生するという言葉があります。 で、これはね、本当に仏教の宗教感だと思うんだけど、死んで終わりじゃないんですね。往き、死んだ後どこかへ行って、そしてまた生まれるという考え方なんです。 で、この世での命を終えた人は、仏教の世界では、浄土の世界に行って仏になって、そして仏として私たちに働きかけてくれる。 だからどこかに往って生まれる、往生するという言葉があるんです。
で、ふと考えました。 最初に言った桜の話ですね。 花びら、桜も散って悲しいけど、実はそれは終わりじゃないんですよね。 散った後に新しく、来年花を咲かせるための準備を始めると考えたら、ずいぶんポジティブなイメージになるでしょう。 植物の花はそうですね、種があって、花が咲いた後、種ができて、 種が広がって、芽を出して、また花を咲かせる。 サークルがあるわけです。
だから、死って悲しいものかもしれない。 もちろんね、いろいろ深く考えさせられるものだけど、考え方によっては終わりじゃないと思えるかなと思いました。
はい、じゃあ最後に一つ皆さんにも同じ問いを投げかけたいと思います。 死ぬのが怖いですか? 怖いと感じるのか、それとも受け入れたいのか、受け入れた上で今日を一生懸命生きたいのか。
じゃあ今日はとっても重いテーマだったんだけど、皆さんのレベルでシーズン3をずっと聞いてくださっている方なら、 こういう深いテーマを日本語で考えられると思います。 もちろんね、個人的な経験と結びつくテーマだから、つらかったという人もいるかもしれない。 でも最後まで聞いてくれてありがとう。 のりこのPhilosophy Playground やっていきました。 じゃあまたね。 ありがとう最後まで聞いてくれて。