Season 3-162 見た目に自信がない私がビデオポッドキャストを続ける理由
紹介した小説:南綾子『痩せたらかわいくなるのにね?』
このエピソードでは、小説の内容を説明するために、「デブ」という言葉を数回引用しています。これは作品中の表現をそのまま紹介しているものであり、私自身の考えや価値観を表すものではありません。この小説は、外見による偏見やルッキズムを問い直す作品です。
みなさん、こんにちは。日本語のポッドキャスト、Japanese with Norikoのノリコです。 はい、みなさん元気ですか? 今日はね、7月の21日です。はい、2026年7月21日に録音しております。
じゃあ、真面目に話します。 今日、とっても真面目なトピックなんですけど、本題に入る前に、みなさん、私にはJapanese with Norikoというね、サイトがありますね。 このポッドキャストの文字起こしを無料で提供しております。このサイトをね、ぜひチェックしてみてください。 あと、この2年間ぐらい、Substackというプラットフォームで、いろんなコンテンツを書いています。 読み物ですね、私の話、あと、東京に住んでいるミケラさんという方と一緒にこのプロジェクトをやっています。 結構面白い内容で、深く考えられる読み物教材がたくさんあると思うので、SubstackのNihongo Storytimeをぜひサポートしてください。 そして、私のコミュニティ、Japanese Togetherのメンバーも募集中です。 グループでみんなで話すのは恥ずかしいという方もいると思うんだけど、みんなね、いい、とってもモチベーションをもらえる、支え合っている、いいグループなので、ぜひぜひ来てみてください。
じゃあ、今日のテーマです。 今日はね、前からずっと話したいと思っていたことを真面目に話してみたいと思います。 ちょっとね、ここメモも書きました。 ちゃんと言いたい、話したいのでね、それを見ながらお話しさせてください。
今日は、歳をとっていく自分の体と見た目とどう向き合っていくか。 ルッキズムに対しての私の意見、コメントと、ボディーニュートラルということについて話していきたいと思います。
歳をとればとるほど、女性で、日本人で、53歳。 歳をとればとるほど、自分の体とか見た目にどう向き合っていくのか。 そしてさらには、この先どう自分らしく生きていくのかということを、本当によく考えます。
皆さんもルッキズムとか、ボディーポジティブとか、ボディーニュートラルという言葉を聞いたことがあると思います。 ルッキズムっていうのは、人を外見、見た目によって評価したり差別したりすることですよね。 今でも、これは日本だけじゃなくて、イギリスでも、どの世界でも、どの国でも、どの家庭でも、このルッキズム、本当にまだまだあると思います。 若いほうがいい。痩せているほうがいい。肌がきれいなほうがいい。 私みたいにね、白髪があってはダメなんですね。白髪がないほうがいい。
知らないうちに、気づかないうちに、こういう基準で自分や他人、または家族のメンバーを見ていることがないですか? 私もそんなことがよくあるので、今日は私自身に対しても、 改めてもう一回考えましょうという意味で、このエピソードを作りたいと思いました。
じゃあね、私自身の経験からこの問題を考えていきます。 正直に言いますね、私は10代の頃から今まで、全然自分の見た目には自信がありません。 本当に自信がありません。これは今に始まったことじゃないです。
一番の原因は、皆さんも私の顔を見て気づくように、この出っ歯です。歯が出ていることですね。 これは自分の責任でもあるかもしれない。自分で矯正ということを選ばなかったですね。 ある時の気分がポジティブな時ののりこは、それでもいいじゃないか。 それが私らしさにつながっているから、いいじゃないかと思える時もあれば、 やっぱりね、時々意地悪なYouTubeのコメントをもらいますよ。 出っ歯ですね、アハハみたいな。 そういうコメントは、皆さんすぐ私、Deleteするので、皆さんには見られないんですけど、 自分が気にしていることに、あえてそういうコメントがつくと、ものすごく傷つきます。
だから、自分が気にしている自信がない顔を、あえて見せてビデオポッドキャストにしている意味はどこにあるんだろうかと。 私みたいな歳を取った若くない日本語教師が、ビデオ動画を作ってもいいのかと思う時もたくさんあるんだけれども、 私はそこを、そのルッキズムに挑戦したいんですよね。本当に挑戦したいんです。 できれば健康である限り、話せる限り、歳を取っていく私を見せたいと思っています。 これは、ルッキズムへの挑戦なんです。 完璧な見た目じゃなくてもいい。 私は正直に自分の見た目に自信がないと言う、この私を見せたいと思っているんです。
あと、お化粧をしないという選択について話します。 私の見た目で今大きな変化の一つは、メイクアップ、お化粧をやめたことですね。 この2年間くらい、普段の生活でほとんどお化粧をしていません。 日焼け止めはするんだけど、ファンデーションを使っていないし、眉毛も描かない。
もちろんね、これは場合によります。 例えば、夫と記念日とかで、いいレストランに行くとき、高級なレストランに行くとき、 ちょっとオシャレな服を着て、そういう時には軽くメイクアップをします。 クラシックコンサートに行く、軽くメイクアップをするけど、 普段の生活でメイクアップをするのをもうやめました。
この選択をするまでにかなり悩んだんですね。 最初は、メイクアップをしていないことで、 うわー、何この人、うわーって思われるかもしれない。 ふけて見えるかもしれない。 皆さんがどう思うかなっていうことに気にしました。 でもね、だんだん慣れていきましたね。
ここで言いたいのは、化粧が悪いって言ってるんじゃないですよ。 自由です。化粧が好きな人はずっと化粧をし続ければいいと思うんです。 でも、私は、女性だから、化粧をしなければならないとか、 きれいに見せなければいけないということに挑戦したいんです。 だから、何が言いたいかというと、化粧をするかどうか、 化粧をするときかどうか、自分で決めたいということです。 それが私にとって大切なことだと思いました。
あと、もう一つのこと。白髪染めをやめたことです。 皆さん気づきましたか。私、今、白髪がたくさんありますね。 今年、今、この2ヶ月くらいです。白髪染めをやめました。 完璧にやめたわけじゃなくて、美容師さんの言葉ではローライトっていうのかな。 部分的に染めることはまだやっているんだけど、 全体的に白髪を残した形で、ちょっとだけ染めるというヘアスタイルを最近やっています。 もう少ししたら、それも完全にやめて、どんどん白髪の方向に移っていこうかなというね。 今、トランジションの時期なんですけど。
私は53歳で、若い時から結構白髪があって、染めなきゃいけないという気持ちがたくさんありましたね。 この3年くらいですね、いつまで染め続けなきゃいけないのかなってずっと悩んでました。 まだ染めればいいのにって思う人もたくさんいるでしょう。 私自身も染め続けるかやめるかどうか本当に悩んだんですよね。
正直に言うと、染めるのはお金がかかります。 お金もかかるし、たぶん皮膚とか髪の毛にも化学のものを使うから、 ケミカルだからよくないんですよね。 もう一つ、白髪を隠さなきゃいけない、隠さなきゃいけないという考え方がものすごく引っかかりました。 どうして女性だけ、女性の白髪の髪型、髪の毛だけが老けて見えるとか、または手入れされていない、汚いと思われるのか、私はそれにやっぱり挑戦したかったんですね。
例えば男性の白髪、私の夫は私よりも年齢が3歳下ですよ。 で、白髪がいっぱいです。 でも彼はセクシーだと言われるんですね。 おかしくないですか? 男性の中年の白髪は渋いとか知的だとか、インテリに見えるとか言われるのに、 女性だとどうしてもっと若く見せないの?染めたらもっと若く見えるじゃない?って言われるんですか? おかしいですよね。
で、結局これも私のメイクアップの決断と同じです。 染めたいから染めるのか、または染めないと恥ずかしいから染めるのか、意味が違ってきます。 だから私は、女性は白髪を隠すべきだという考えに一度疑問を持ってみたかったんです。
歳を取ることを隠したくないです、 私。むしろ受け入れて、その受け入れた上で、そのエイジング、歳を取っていくことを楽しんでいきたいと思っているんですね。 たぶん日本人の平均寿命は長いから、このままいけば80歳、90歳ぐらいまで生きますよ。 下手すれば100歳ぐらいまで生きられるかもしれない。
で、私はそのことを嫌だと思うんじゃなくて、気持ちよく受け入れて楽しんで生きていきたいと思うんです。 もっとシミもこれから増えるし、シワも増えるし、もっともっと白髪になっていくでしょ? そういう自分を見て嫌だなって思ってもいいんです。 でも、見た目じゃなくて、そのファンクション(Function機能)として、まだ生きている私、こうやってみんなの前で話せる私、散歩が行ける私を嬉しく思いたい。 それがたぶんボディニュートラルの考え方ですね。
そのポジティブに自分の体を愛そうって言うとちょっと嘘っぽい。 さっき私が話したように、私は自分の見た目に自信もないから。 あと実際、老化も始まっていて避けられない事実です。 だからボディポジティブでいるよりはボディニュートラルで、ネガティブになってもいいけど、そのファンクションとしての自分の体の機能を観察して。 そして、それと共に生きていくという姿勢でありたいなと思っています。
そこがノリコらしく生きるにつながっていくのかなと思います。 自信を持って生きよう、その自信を持って生きているというのがノリコらしいんじゃないんです。 じゃないんです。本当に。自信がない自分を認める。 そして迷ってもいい。恥ずかしいと思ってもいい。 でもそれを見せていくのがノリコらしい生き方なのかなと私は思います。 そんな感じかな。
じゃあ最後にこれも一つ皆さんと考えていきたいところなんだけど、他の人の見た目についてコメントすること、話すことについて考えていきましょう。 私も含めて反省することたくさんあるんだけど、私たちって悪気なくつい他の人の体についてのコメント、見た目についてのコメントをしがちだと思います。 あれ?太った?とか、あれ?最近痩せた?とか、最近きれいになったね?とか、白髪が増えたね?疲れて見えるね?何?とか、逆にあと若く見えるね?とかね。
若く見えるねってもちろん褒め言葉かもしれない。 私もそう言われたら嬉しいところもあるから反省しなきゃいけないんだけど、 若く見えるねっていうことが褒め言葉になるってことは、逆を言えば、年齢相応に見えることがあまり良くないっていうことでしょ?
人の見た目についてコメントすることって本当にどうなんだろうか?必要なんだろうか?っていうことですよね。 その人が、当事者が話題にしていないことを他人があえて言う必要があるのか?体型、髪の毛、肌、スキン、シワ、シミ、評価しなくてもいいポイントだと思いませんか? でも世の中には無意識にそういうコメントをして、無意識に他の人を傷つけているってことはあると思います。 特に家族の中でとか、友人同士の中でもあるかな?私も本当に気をつけなきゃいけないと思っています。
最後に面白い本を紹介します。この小説のタイトルは、「痩せたらかわいくなるのにね?」 作家さんは南綾子さん。このタイトルすごくないですか? これね、コメディみたいな小説でとっても笑えるんだけど、出てくる女性はみんなものすごく太っていて、男性からまたは社会からデブだと言われている人たちなんですね。 でもそのデブだと言われて傷ついているけど、自分たちが食べたいものを楽しく食べて楽しんで生きている人たちのコメディっぽい社会を風刺した小説なんですが、ものすごくおすすめです。
ルッキズムに反するお話ね。この中で、小説の最後の部分に解説の部分があって、他の作家さんがこの小説についてコメントを書いているんだよね。 どこを読んだらいいかな。
そもそも、痩せるときれいはイコールで結ばれているものなのか。この世に生きる人すべてが痩せてきれいになるを目指さなければならないのか。痩せてきれいになることで得られる幸せとは何なのか。そうした疑問の数々を私たちに提示する。
この小説はそういうメッセージがたぶん込められているんです。
この小説はボディポジティブの正義を謳っているのだろうか。それもまた違うように思う。 作中、世間の人がどれほど無邪気に、無分別に他人の外見について言及するのかということについて書かれている。
本当に人たちが気づかないうちに、他人の体について無意識に何かを思ってコメントしているんですよね。
皆さんぜひちょっと考えてみてください。 その一言で傷ついている人がたくさんいます。
じゃあ、皆さん長く話しちゃってごめんなさい。もうまとまらなくなっちゃって反省してますけど。 皆さんもきっと自分の見た目とか外見に自信がない部分があると思いますね。 その部分とどのように付き合っていますか。 そして歳を取るということについてどんな気持ちがありますか。 ぜひコメントで教えてください。
私は自分らしく生きていくために、今日このエピソードを作ってみました。 今日はここまでです。 皆さんこういうトピックでディスカッション、意見交換をしてみたいですか。 Japanese TogetherではPodcast Conversation Clubというセッションもやっています。 じゃあ皆さん次回お会いしましょう。またね。